inouetomの備忘録
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2008-10-29[水] [長年日記]
■1 出来事(2008-10-29)
朝から黒崎へ出かける。
用事が思った以上に早く終わり時間があいたので、 思い出の地を歩いた。
書店、シロヤ(パン屋)、井筒屋による。
H先輩から連絡をいただく。S君と会うことになった。
夕方、娘を連れてクリーニングを引き取りに行く。ハンガーは引き取ってもらえるらしい。次回持ち込むこと。
朗報が届く。回答期限まで間が無いがじっくり考える。
■2 思い出の地を訪ねて歩く(長いよ)
北九州市八幡西区黒崎近辺は、私が幼稚園〜小学校1年まで過ごした地域である。頭に残る一番古い記憶を刻んだ場所である。
ちょっと時間も出来たし、この機会を逃すと次はないだろうと思い、 記憶の断片をたどりながら思い出の地を歩いて回った。
いくつかの箇所を除いて、写真はほとんど撮影せず。思い出はまぶたの裏に焼き付けておけばよい。 (余裕あれば歩いたルートを地図上に残すかも。)
(2008-11-12追記:歩いた道のりを作成してみた)
以降、つらつら書いているので読みづらいし何のことやらわからんかも。未来の自分のためのメモなので気にしないでね。
まずは岡田神社でお参り。境内下に残る土俵が年月を感じさせる。
近くの堤医院の前まで歩く。ここは小学校入ってから何度も通った。入口付近のガラス壁面は記憶どおり。レントゲン撮影の自分の心臓やら胃の形を見たり、点滴を腕に刺して長時間ベッドで横たわったことを思い出した。
テクテク東側に歩いていく。黒崎小学校のあたりで工事をしていたのでながめる。どうやら校舎の立替をしているようだ。学校ぽくない建物に変わっていた。
陣山小学校と合併して、黒崎中央小学校と名前を改めたようだ。 新校舎を旧黒崎小学校に立てていて、今は旧陣山小学校で授業していているようだ。 (後で地図みてわかったのだが、入園試験を受けた幼稚園は、黒崎小学校の裏にある市立幼稚園だったのか。服装やおとなしくしておかないといけないことが窮屈だったが、試験そのものは楽しく解いた覚えがある)
そのまま東へ進み、スポーツガーデン(私が住んでいた頃から看板が変わっていなかった!)の先を右折して南八千代町を南下。オトナになった今でも坂がきついな。
東鳴水1丁目から東へ進み、紅梅町へ。以前住んでいた地域へ入る。走り回ってかくれんぼしてもなかなか見つからないくらい広い、という当時の印象だったのだが、オトナにとっては狭い地域だったのだと知る。子どものモノの感じ方、目線の違いにいまさらながら驚く。
以前住んでいた家の前へ到着。両隣の家屋は補修して残っていたが、当時住んでいた家と一軒空けて隣(2階建てだった)は取り壊されて更地になっていた。家と家の間の砂利に当時の名残があった。家の目の前は公園で、丸い砂場、ツツジが茂る坂道、ブランコは当時のままだった。
見るもの全てに「サイズが小さいなあ」と驚いてまわる。そんだけ私が大きくなったってことなんでしょう。当時遊んでいた同級生や生意気な一学年上の上級生(当時から年上に突っかかっていたらしい)も、今はいい年したオッサンになってるんだろうな。
通りに出て、自宅から徒歩1分のところにある幼稚園へ。ちょうど園児が外にでてガヤガヤ遊んでいた。数年前に車で前を通り、建物が新しくなったことは知っていた。今日も工事をしていた。建物2Fから地上へ降りる長い滑り台に見覚えがあった。もしかすると以前設置されていたものを転用したのかもしれない。いい思い出、恥ずかしい体験、演技やモノを作る楽しみを知った原点の地だ。この幼稚園の同級生とは、卒園後引越しなどでバラバラになったのだが、高校で再会(複数人)したり不思議な縁であった。
清納の坂道を歩き、仰星学園高校(昔は陣山中学校だった)前の坂道を進む。上りきったところにある市営団地に友達が住んでいた。表札一覧に(ありふれた)彼の苗字があったので、もしかしたらご両親がご健在なのかもしれない。建物の裏に大きな本物のウシガエルがいたり、それに似せた置物のカエルがあったり、自転車で走り回った交差点やら、当時のことを思い出しながら歩き、坂を下って幼稚園横に戻る。
小学校の同じクラスの友達が住んでいた団地にはさまれた道を歩く。当時(30年近く前)駄菓子屋だった建物は、今は店をたたんで普通の民家になっていた。我が娘とあまり年の変わらない男の子が顔を出してニコニコしていた。当時は人が多くて活気があり、木が生い茂り(暗がりが怖かった)ゴチャゴチャしている印象だったが、今ではすっかり寂れてしまって見晴らしの良い団地や更地になっていた。
少し山側へ歩いたが、緩やかな勾配に差し掛かったところで引き返す。 当時、喘息で病弱だった体を鍛えるために、早朝マラソンしていたコースがあったのだが、さすがに坂道続きで今日は歩いて回るのを断念。 昨日も歩き通しだったので足が疲れている。衰えを感じるとき。
紅梅郵便局→清納2丁目→紅梅2丁目→紅梅4丁目と歩く。紅梅2丁目の元商店街が軒並み閉まっている。父が駐車場を借りていたところに、当時よく見かけたセダンが今日も止まっていて、一瞬タイムスリップしたのかと思った。
小学校の通学路を歩いてみた。幼稚園は徒歩1分で近かったが、小学校はそれなりの距離をテクテク歩いて通った。歩いてみたところ10分かからない距離だった(その後転校し、2年生から卒業まで通うことになる小学校までの道のりは平坦だったが距離は長く、徒歩15分位)。しかし、自宅を出た直後に長い上り坂、それに続くアップダウンのある曲がりくねった道、遊具に誘惑される公園が続く道は、当時の私にとって大変だったのだろう。 小学校の裏門からグラウンドをのぞくと、遊具は記憶にある当時のまま残っていた。正門側に回ってしばしながめた後、街中に向かう。 先ほど横を通った黒崎小学校とは300m位しか離れていない。以前はたくさんの子供がいたってことやね。
小中同期で大学も同学科だった友人の親父さんがやってる歯医者の横をとおり、くまで通りを歩く。商店街の半分位は貸店舗になっていて閑散としていた。
ここまでで思い出の地めぐりは終了。ゆっくりノンビリ歩いたが、1時間程度で回った。
歩きながら、当時の両親の年齢を既に超えている自分に気がつく。病弱な私とやんちゃな弟(その1)を抱え、腹に弟(その2)がいた母は特に大変だったに違いない。






