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inouetomの備忘録

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2000-03-22[水] [編集]

■1 VMware

http://www.idaemons.org/ports/emulators/ からVMwareのportsをとってきた。

■2 GNOME+sawmill

で、仮想デスクトップのきりかえは Ctrl+矢印でできるようだ。WindowMakerのときはCtrl+Alt+矢印だったので、なれないといけないなあ。

ちなみに、GNOME+sawmillでCtrl+Alt+矢印はアクティブウィンドウをつれたまま次のウィンドウに移動する。

SKKについてまとめておこう。

■3

Fくんにかしていたこたつ机を返してもらおうとtel。数日中に返してもらおうとおもっていたのだが、電話後にすぐもってきてくれた。あり?たしかおねーさんがきていたのではないかな?悪いことしたなあ。


2005-03-22[火] [編集]

■1 ASAHIワンダCM

先日の情報関連。笠浩二さん(C-C-B)太ったなぁ。まぁ活動してた頃から20年経ってるんだから当たり前か。

■2 買物

18時半ごろ帰宅してパートナーの買物に付き合う。

レジ打ちのアルバイトが何度も打ち間違いをして時間を食ったため、ちょっとイライラしてしまった。ただでさえ空腹でイライラしてんのに。

■3 [食事] 夕食 お好み大学

作る時間がなさそうだったので、近くのお好み焼き屋で食事。

画像の説明画像の説明

■4 favicon設置

複数のWebサーバ設置者がblogで述べておるように、オレもerrorlogに「favicon.icoがないで〜」といわれるのがうっとおしく感じていた。

画像からfaviconに変換してくれるサイト(http://www.chami.com/html-kit/services/favicon/)があったので、さくっと作って変換して置いた。

元画像。画像の説明

■5 親戚の集まり

週末にあるようなのだが、パートナーの調子(つわりでアルコールのにおいがダメ状態)とオレの忙しさから参加は微妙だ...

未だに余震が続いているようだが、大丈夫だろうか...


2006-03-22[水] [編集]

■1 チンコ看板

某氏が喜びそう

■2 [読書] 病気じゃないよ、フツーだよ—神経科に行ってみよー 藤臣柊子

病気じゃないよ、フツーだよ―神経科に行ってみよー(藤臣 柊子) 病気じゃないよ、フツーだよ―神経科に行ってみよー (知恵の森文庫)(藤臣 柊子)

以前わかちーが紹介してたので読んでみた。

これは読みやすい。

経験者として感じたこと。病人にとっては、谷のどん底状態から回復しつつあるときに読むといい本なのかな。すこぶる健康で心の病気ってのに理解を示さない人(たまにいるよね、精神論で何でも片付ける人。オレの学生時代の指導教官はこのタイプだった。)にとっては、誤解を招きそうな内容だ。内容を極力明るく軽い感じにしている作者の努力のため。

UTUNETで藤臣柊子さんの体験談として紹介されてました。

■3 [食事] 本日の食事

夕:

 画像の説明

おやつ:

 画像の説明


2007-03-22[木] [編集]

■1 出来事(2007-03-22)

二度寝したらありえん時間に。今日は休む。 昨晩のことで精神的に参っているようだ。

■2 [音楽]Summer of Love - Piccadilly Circus

紙ジャケット仕様での再発盤。Live音源も入っていてお得。

これから聴く。

■3 [読書]最後に咲く花 片山恭一

帯には恋愛長編って書いてあるんだけど、 オレは恋愛小説として読めなかった。 人間関係、人間のあり方を書いたのだと思うんだが、どうだろう?

ファンドマネージャである主人公の永江をはじめ、上司の藤木、二人の女性(由希、沙織)、山岳部仲間の波佐間とその妻子など、登場人物と彼らに関連した事項を織り交ぜて物語は進む。

片山先生をはじめ、塾関係者にはご無沙汰してるなあ。

以下、抜書。

心臓に重い病気を抱える由希。主人公の永江とは大学の同じゼミに所属していた。

永江に自殺の幇助を頼んだ由希。そんな彼女のセリフ(p.100) 強調はオレによる。

「自分の身体はコントロールできないから、せめて気持ちをコントロールできるように心がけているの。 わたしの気分によって、看病をしてくれている両親を悲しませたり、辛い思いをさせたりすることがないようにって。 難しいのは人に頼ることと、自分でできることの境界線をどこに引くかってこと。 遠すぎても、近すぎてもいけない。そこが難しいの

作品中で述べられている映画はJim Sheridan監督のBoxer(1997年作品)

ボクサー [DVD]

ユニバーサル・ピクチャーズ・ジャパン
¥ 464

指導教授の退官記念パーティで由希と再会した永江は、帰りのタクシーの中で上記の映画について話す(p.13)。波佐間を追って山へ向かった永江が避難小屋でシュラフに潜り込んだとき、映画の話を思い出しながらの一節(p.167)強調はオレによる。

 いつか由希にはなしたボクサーの映画を思い出した。十四年前に別れた二人が、再会したときに心を惹かれ合う。片や組織の裏切り者、片や幹部の妻。もっとも遠い場所にいるはずの二人の結びつきは、十四年という歳月によっても損なわれることはなかった。なぜだろう? ふと、こんなことを思った。 時が人を変えるということは、本当はないのかもしれない。かつて親しかった二人の心が、時とともに離れていく。それは時が人を変えるということではない。人と人が離れていくのは、もともと立っている場所が別だったからだ。 二人が一緒になるのは、最初から同じ場所に立っていたから。時間はそういうことをはっきりさせる。余分なものを風化させ、洗い流して、真実のものだけを残す。何も変えることはない。


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